2011年に就航したボーイング社の787型機。機体重量の半分が炭素繊維複合材料を用いて作られており、従来型に比べて巡行速度や航続距離が大幅に向上した最新鋭機です。当社は本機のラバトリーを独占受注、次世代旅客機にふさわしい最高のラバトリーを実現するための奮闘が始まります。

仕様書のない開発

ボーイング787の基本コンセプトはマジックオブフライング、空飛ぶ魔法です。

このコンセプトは機体のすべての要素に反映されますが、ラバトリーに対してもそこから導かれたいくつかのキーワードが提示されました。

そのうちの2つが”包み育む”と”乗客を敬う”、すなわち、「包み込むようなラバトリー」「大切にもてなすラバトリー」です。

従来のラバトリー開発は、デザインから寸法に至るまで発注元である航空機メーカーやエアラインから細かな注文が出され、内装品メーカーは仕様書の規格に沿うかたちで製作していましたが今回与えられたのは抽象的なキーワードのみ。

このキーワードからデザインと機能をイメージし、それを具現化するという、それまでの開発手法とはまるで違うやり方が求められたのです。

50人からなる787用ラバトリー開発のプロジェクトチームはこうして立ち上がりました。

手探りでのスタート

まず始めたのは、与えられたキーワードをどう形にするかを考え、そのイメージを図案にまとめてボーイング社に持ち込むことでした。

上からみた断面が半円形になるように作られた扉が回るようにして開閉するデザインや、三日月型の照明などを次々に図案化して提案する作業が続きますが、先方の反応は芳しいものではなく、この時点で優に100を超えるアイデアが陽の目を見ずに消えていくことになります。

数多くの不採用図案が積み上げられ、作業が行き詰まりの気配を見せはじめた頃、チームはついに膠着を破る糸口を見出しました。

機体そのもののコンセプトであるマジックオブフライングの下にありつつ、ラバトリーだけに適用されるイメージコンセプトを創る。

前述のキーワードをさらに煮詰めて導き出されたのは、すなわち「雲」のイメージでした。

イメージを具体化する

イメージをより具体的にするために設定した雲は2種類。上昇気流によって湧き立つように立ち上がる積乱雲と、晴れた空に綿のように浮かぶ積雲です。

積乱雲をモチーフとした案は、その呼称を積乱雲のラテン語学術名であるキュムロニンバスを略したニンバスとし、棚などの垂直構造物を室内片側に寄せて窓側の空間を大きくとった、直線的で躍動感あるデザインにまとめました。

対する積雲の案は、その呼称を同じく学術名からとってキュムラスとし、流し部分を深く大きく丸みを強調したデザインとするなど、構成要素の多くに曲面を多用、鏡と化粧台の間の空間に余裕を持たせた作りです。

これら2案は実物大のモックアップが作り起こされ、来日したボーイング開発チーム一行に、双方の視覚的な印象と設備の合理性を体感してもらうことになりました。

そのレビューの結果、コンセプトキーワードの提示から1年5ヶ月にしてキュムラス案の採用が決定されたのです。

製品となったラバトリーは、強度を落とさず薄くすることに成功した壁材を使用することで室内幅が従来より広くなり、爽やかな空を思わせる青いLEDの間接照明で空間全体を柔らかく照らします。

さらにはTOTO、ANA、ボーイングとの共同開発によるビデシステムやタッチレスの流水スイッチなどの快適装備を備え、使用者を包み込むように、大切にもてなすラバトリーが完成しました。

それまでの航空機のトイレのイメージを覆すデザインと機能を備えたキュムラスは高い評価を頂いて、今日も世界の空を飛んでいます。