CONTRAILプロジェクト

 

CO2 排出・吸収のメカニズムを上空の大気から解明へ

気候変動による大規模自然災害が世界中で多発するなか、上空における温室効果ガスの観測データを世界中の研究機関に提供し続けるCONTRAIL プロジェクト。
2005 年のプロジェクト開始以来、プロジェクトを推進する国立環境研究所地球環境研究センターの町田室長にお話をうかがいました。

国立研究開発法人 環境研究所
地球環境研究センター
大気・海洋モニタリング推進室

室長 町田 敏暢 氏

―脱炭素化社会の実現へ向けて、各国でCO2 排出量削減目標が掲げられています。CONTRAIL プロジェクトはこれら目標達成にどう役立っているのでしょうか?

CO2 の削減には、まず現状のCO2 濃度を正確に把握したうえで、科学的に放出量や吸収量を算出していくことが欠かせません。このため世界中でCO2 の濃度が観測されていますが、そのほとんどは地上で行われています。しかし、空気は3 次元に広がっていますので、上空がどうなっているのか、それが地球全体でどう輸送されているのかを調べる必要があります。それを大幅に進展させたのがCONTRAIL プロジェクトです。以前は、空のデータを得るために飛行機をチャーターしてCO2 濃度を測定していたわけです。その後、気象研究所が日本航空さんの協力を得て、ボーイング747 に自動大気サンプリング装置(ASE)を搭載して、日本―オーストラリア便で月2 回、大気をサンプリングしていました。その747 が退役を迎え、新しい装置を開発しようという時に、飛行中にCO2 濃度を測定できるようにしようということで、ジャムコさんにご協力をいただいて、2003 年にCME(CO2 濃度連続観測装置)の開発が始まりました。本プロジェクトによって、世界の上空の CO2 濃度の観測データ量を飛躍的に増やすことができました。

―地上観測だけでは正確なことはわからないわけですね

CME は連続測定装置という名のとおり離陸から着陸までの上昇、巡航、降下中の異なる高度でCO2 濃度を測ることができます。つまり鉛直分布を調べることができるわけです。この鉛直分布が非常に重要なのですが、さらにプロジェクトによって継続測定が可能になったことで、上空のCO2 濃度の季節変化が詳細に明らかになりました。鉛直分布により、その時期、その地点で地表面がCO2 を吸収しているのか放出しているのかがわかるのです。植物は光合成でCO2 を吸収する一方、呼吸でCO2を放出するのですが、成田上空10km までのCO2 濃度の鉛直分布の1 年間の変化の様子をみると、光合成が活発になる6月から9 月では、上空のCO2 濃度も低くなり、地表面がCO2を吸収していることがわかります(図参照)。
また、地上で観測ができていない、あるいは観測データが少ない地域をカバーできるようになったことも成果の一つです。2015年のインドネシアのCO2濃度を収集したデータをもとに解析したところ、森林火災のあった乾期の9 月、10 月に排出されたCO2 の量は、日本が1 年間に化石発電で排出するCO2 量に匹敵することがわかりました。これまでも大規模な森林火災による大量のCO2 放出が問題視されてきましたが、具体的な数値がもたらすインパクトは非常に大きく、森林火災の防止が地球環境の保護にとっていかに重要かがデータで証明されたわけです。

―データのインパクトは大きく、説得力がありますね

これまで私たち研究者は自然のメカニズムの探究に重点を置いきたのですが、人間が排出するCO2 の削減に貢献する研究が求められるようになっています。各国のCO2 排出量は計器等で実測したものではなく、経済統計で用いられる活動量に排出係数を乗じて推計値を算出しています。しかし、今後はこの推計値の客観的な評価が重要になってきます。統計データにしても、国ごとに信頼度が異なるのが現状です。これに対して、科学的な観測データは嘘をつきませんので、本プロジェクトの膨大な観測データはそのようなところでも役に立っていくことが期待されます。
空港のそばには大都市があるため、航空機を利用する本プロジェクトでは都市部のCO2 濃度を測定できます。大都市上空のCO2観測データを解析すると、都市のCO2排出量と比例関係にあることがわかりました。継続的にモニタリングすれば、その国が2030 年までにCO2排出を実際に削減したのかを検証できるわけです。科学の目で排出量を監視でき、カーボンニュートラルの実現に貢献する可能性が示されました。

―科学データを持っていることは強みになりますね

このデータは日本が世界のCO2 削減へ貢献していくために非常に重要で、たとえば他国と協議する場合でもデータを示すことで議論が深まりますね。日本のためにも世界のためにも重要なデータを、本プロジェクトは提供していると思っています。
また、観測データは、DOI(デジタルオブジェクト識別子)という国際的な識別番号を付与し、CME は2018 年から、ASEは2019 年から全世界に向けて一般公開されています。これにより観測データを活用した研究はさらに広まっており、国際学術誌へ掲載された査読付き論文数は60 を超えています。

―コロナ禍で観測には苦労されたのではないでしょうか?

コロナ禍の影響については、活動自粛などによりCO2 排出量は減少したと思われているようですが、実はそれほど減っていません。都市をロックダウンすれば減りますが、ロックダウンの影響は限定的で、解除されたらすぐに戻っています。
観測という点ではやはり影響は大きくて、一時期は国際便が9 割減となり大変でした。この2 年をとおしてみれば、CME 搭載のボーイング777-300 の便数はそれほど減らなかったのですが、ASE 搭載の777-200 は国際便が少なくなったため、毎月フライト予定をもらって、最も効率よく観測できるよう計画を立ててジャムコさんに整備を日本航空さんに搭載をお願いしていました。
この2 年間は、データ収集では苦労してきたのですが、ジャムコさんや日本航空さんのご協力のおかげで、なんとか計画していた観測回数を減らさずにすみました。昨年、5 年分の研究成果を報告書にまとめて環境省に提出したのですが、審査員の皆さんからも高い評価をいただきました。

―当社への要望、または期待することをお聞かせください

ジャムコさんには2 つの仕事をお願いしていて、一つは日々の整備で、もう一つは787 へ搭載する装置の開発です。整備は地味ですが、実は非常にレベルの高いことをこなしてもらっています。観測を中断させないために、故障や不具合のあるところを見極めて、すぐに修理して観測に回すのは簡単なことではありません。開発は本当にチャレンジングなことで、厳しい安全基準に適合させながら、新しい機能を付加していく、また開発ロードマップの締切に間に合わせる必要もありますから、かなり無理をお願いしており、感謝しています。

2019 年に本プロジェクトは、日本オープンイノベーション大賞の環境大臣賞を受賞したのですが、その表彰イベントに参加していた他の受賞団体の方から声をかけられました。「JAL やジャムコがCO2 削減に役立つ研究に貢献しているとは知らなかった。投資の世界ではESG 投資が盛んになっているので、今日は投資先として注目すべき活動を知ることができて良かった」ということでした。CSR やSDGs への理解が深まり、そういう企業を応援しようという投資家が増えていますし、このような環境問題に真剣に取り組む企業が生き残り、持続的成長を遂げていくことができると、彼らは考えているということですね。ですから、ジャムコさんにはこれからも変わらず本プロジェクトを積極的に支えていただきたいと願っています。
ジャムコさんとは、何度もぶつかりながらも、その都度とことん議論する中で突破口を見い出して、ここまでやってきた、苦労をともにしてきたパートナーです。いまは787 へ搭載する装置の開発が山場を迎えていますが、今回もジャムコさんとともに、必ず乗り越えていきます。開発に携わっていない皆さんにも応援してほしいし、この活動を支えていることを誇りをもっていただけたらと思います。

CONTRAILプロジェクトとは

地球温暖化をもたらす温室効果ガス変動のメカニズムを解明するため、産学官が連携する大気観測プロジェクトCONTRAIL(注)。当社は、2003年よりプロジェクトに加わり、自動大気サンプリング装置(ASE)とCO2濃度連続測定装置(CME)の2つの装置を開発し、航空機に搭載するために必要な国土交通省航空局やFAA(米国連邦航空局)のSTC(追加型式証明)の認証を取得してきました。STCの取得により、これらの観測装置は日本航空株式会社が定期旅客便で運航する777-200ERや777-300ERに搭載され、地球規模で大気の観測データを採取しています。その解析結果は地球温暖化に関する研究のための貴重なデータとして国立研究開発法人国立環境研究所から世界中に配信され、活用されています。

注:CONTRAILとはComprehensive Observation Network For Trace gases by Air Linerの略で、この名称は2007年より使用しています。

※ CONTRAILプロジェクトは、環境省の委託事業の成果として/支援を受けて(定常)観測が行われています。